ラーマへの思いを断ち切ることができなかったシュールパナカーは、シーターを誘拐することを思いつきました。彼女は激しい怒りと嫉妬をかかえたまま、ランカー島に住む兄ラーヴァナの元へと向かったのです。そしてラーヴァナに会うなり、シーターという大変美しく、あらゆる美徳を具えたすばらしい女性がいることを話しました。「シーターにはラーマという夫がいますが、その美しさは天女でもかなわぬほどです。この地上で最も美しいシーターこそ、兄上の妻にふさわしいお方です」そう言って、兄ラーヴァナをそそのかしたのです。シュールパナカーの邪悪な波動は、ラーヴァナをますます凶暴にしました。ラーヴァナはすぐに妹シュールパナカーの誘いにのり、シーターを誘拐するための策略を練りました。そして女悪鬼タータキーの息子マーリーチャに、シーターの誘拐を命じたのです。マーリーチャは、魔王ラーヴァナの言いつけにはどんなことでも従ってきたため、ラーヴァナから絶大なる信頼を得ていました。そしてラーヴァナに服従することで、自分の私腹を肥やし贅沢で快適な暮らしができていたのです。ラーヴァナは、マーリーチャに金色の鹿に身を変じてシーターからラーマを引き離してほしいと頼みました。マーリーチャはラーマの武勇と神聖さを目撃していたので、ラーヴァナに説得を試みようとしましたが、傲慢で横暴なラーヴァナには何を言っても無駄でした。ラーヴァナはもし自分に従わないならおまえを殺す、と容赦なくマーリーチャに警告しました。ラーヴァナの言いつけに逆らえば、必ずやラーヴァナは手下どもを使って自分を抹殺するにちがいない。そのためマーリーチャは「ラーヴァナさまのお望みどおりにいたします」と言って、命令に従ったのです。羅刹マーリーチャはラーヴァナの命令どおり、黄金の鹿に姿を変えてシーターを誘い出すことにしました。
黄金の鹿は全身が金色の毛でおおわれ、ダイヤモンドの斑点が金色の毛をさらに引き立てていました。水晶でできた角は日の光りに照らされて輝き、スラリとした脚の先にはエメラルドのひづめが生えていました。シーターは庵から少し離れたところで花を摘んでいたとき、草地を跳ね回りながら美しく輝く黄金の鹿を見つけたのです。シーターは黄金の鹿の優雅さに目を奪われました。そしてあの金色に輝く美しい鹿を自分のものにしたい、という思いをおさえられませんでした。シーターはすぐに庵に戻り、私のために黄金の鹿を捕まえてほしいとラーマとラクシュマナに懇願しました。シーターが願いをかなえてほしいと頼んだのは、これが初めてのことでした。しかし、それは悲劇のはじまりだったのです。
過度の欲望は、言うに言われぬ不幸をもたらすのです。シーターは、この悲劇を演じなければならない運命にありました。シーターは母なる大地から生まれた神の子です。シーターは、森にいた黄金の鹿は本物ではないということをよくわかっていました。しかし、世俗の物に執着する心が作り出す危険を人間に警告するために、シーターはこの劇を人生の中で演じることを選んだのです。そしてそれを演じることこそが、自分の義務だとみなしたのです。ラーマもこれから展開される計画のすべてを知っていました。こうしたすべては、ダルマを再建するために通らなければならない道だったのです。
ラーマはラクシュマナにシーターから絶対に離れないようにと言い残し、庵から出て行きました。黄金の鹿に化けたマーリーチャは、ときどき姿をくらましながら巧みにラーマをかわし、庵からできるだけ遠くへラーマを誘い出すよう逃げ回りました。そして自分の身に危険がせまったとき、ラーマの声を真似て「おおシーターよ! おおラクシュマナよ! 助けてくれー」と苦悶の叫びをあげました。その叫び声は森の奥からハッキリと響いて、シーターとラクシュマナの耳に届きました。ラーマの叫び声を聞いたシーターは、ラクシュマナにすぐにラーマを捜しに行くよう哀願しました。ラクシュマナは、ラーマにはいかなる危険も起こり得ないとシーターに言いました。そしてこれはすべてずる賢い羅刹たちの罠であると忠告しました。しかし、シーターは納得しませんでした。シーターは強制的な言葉を使って、ラクシュマナをラーマの救出に向かわせようとしたのです。もちろん、これも将来明らかになる神の計画によるものだったのです。選択の余地はなく、ラクシュマナはラーマを捜しに行くことに同意しました。しかし、ラクシュマナはそこを離れる前に、庵の周囲に魔よけの線を引き、何があろうともこの線を越えて外へ出ないようシーターに忠告し、森の中に駆け込んで行きました。そして、叫び声の聞こえた方へと急ぎました。
その隙に、魔王ラーヴァナはバラモンの姿に化けてシーターのいる庵に近づきました。ラーヴァナは庵の前に立ち、「ああ母よ、食べ物をお恵みください」と言って物乞いをしました。それを聞いたシーターは施しをするため、庵の中から食べ物をもってきて、ラクシュマナが描いた線越しにバラモンに差し出そうとしました。するとバラモンに化けたラーヴァナは、その線を越えて自分に食物を施してほしいと頑固に主張しました。とうとうシーターは折れて、ラーヴァナに施しを与えるため、ラクシュマナによって描かれた魔よけの線を越えて外に出てしまいました。その瞬間ラーヴァナは正体を現わし、「プシュパカ」と呼ばれる飛行物体を物質化し、それにシーターを乗せて空に舞い上がりました。そして苦行で得たマントラの力によって、ランカー島へと飛んで行きました。こうしてシーターは、魔王ラーヴァナによって誘拐されたのでした。この時代には、矢を射るときにもマントラが使われていました。矢に礼拝を捧げることによって、矢に威力が備わるのです。
ラーヴァナはとてつもなく激しい苦行の末、ものすごい幻術と魔力を身にまといました。最終的な神の覚りに到っていなくても、その手前の段階で奇跡をおこなう霊力が得られることがあるのです。しかしこの奇跡を起こす霊力を邪なことに乱用すると、その霊力は必ずしぼんでいきます。マハートマと呼ばれる完全な覚りを開いた賢者は、必要な時にかぎって、この奇跡を起こす霊力を正しいことだけに使うので、その力は永続するのです。
ラーヴァナのように、感覚器官を制することなく、自分の五感を際限のない欲望、怒り、妬み、執着、傲慢、色欲の炎で赤々と燃えるのを許しエゴを膨らませていくならば、いずれその毒は人格を汚し、健康を害し、心の平安を奪います。富と権力と名声を所有していたとしても、心の毒を消す努力をしなければ、ゆくゆくは自分の身を滅ぼすことになるのです。無私無欲の純粋さや思いやり、そして愛といった不滅の価値がハートにあれば、人は滅びることはありません。肉体が死んでも、清らから魂は永遠に生き続けます。心に悪い性質をとどまらせておくならば、心は自ら進んで悪い道をたどり、その者はいずれ確実に転落します。ラーヴァナが肉体あるうちにそのことに気づくことができるかどうかが、今後のラーヴァナの行く末を決めるのです。人間にとっての最悪の敵は、ラーヴァナというよりも、人間の心に潜む魔性です。ラーマのような神の化身は、悪が善をおびやかして負かそうとするとき、善を衰退から救うために立ち上がるのです。