18.シャバリーとの出会い

翌日、ラーマとラクシュマナの二人は天人ガンダルバの言葉に従って、パンパ湖のほとりにあるシャバリーが暮らしている庵に向かいました。その庵は以前、聖者マタンガが修行を行っていた場所でした。シャバリーはとても献身的に聖者に奉仕し、常にラーマを瞑想していました。かつて決して気高い人間とはいえなかった女行者シャバリーは、師マタンガから宗教心とは神に近づくための心がけのことだ、と教えられました。

「帰依者や来訪者に仕え、いつどこにいても、人に対する思いやりを示すよう心がけなさい。同情のひと言、健康や回復を祈ってあげる言葉、どんなささやかなことでもよろしい、縁のできた人に慈しみの行為を施してあげなさい。そして、そういう機会が与えられたことを喜びなさい。ラーマの御名はすべての神々を代表しているのであり、他の神々もラーマと異なる存在ではなく、彼らはすべて一体なのだ。神々は、一つの生命、一つのハート、一つの意志となって共にはたらいているという一体性の原理を理解して、お互いの信仰を認め合うことが大切である。どの神を思っても、それは自分の内なる神アートマに通じているのだ。常に神を思い起こし、誰の内にも神を見て、自分の行いのすべてを神に捧げる思いをもって為すことは、自分の感覚を悪から引き離すのに優れた修行方法であり、もっとも易しい修行なのだ。自分の思いと言葉と行いと人格をよく見つめなさい。誠実で純粋な動機をもってよい仕事をしたいと思えば、神はよいことをする機会を与えてくれる。よいことだけを聞き、よいことだけを話し、よいものだけを見て、よいことだけを考え、よいことをし、すべての中に神を見なさい。そうすればすべての悪い性質がはらわれ、神の恵みがあらわれる。神の御名を繰り返し唱え、自分の行いのすべてを神に捧げ、神の御名においてただひたすら誠実に仕事をするならば、エゴが入り込む隙間はなくなる。それがエゴを鎮静化させるための最も手早い方法なのだ。神の恵みを受けるためにどうしても必要な資格は、我欲を捨てることなのだ。いつも神を信じて誠実に働き、行為の結果を神に完全にゆだねれば、神の恵みはあらわれる。神の恵みは、カルマ(業)の苦しみを取り去る。神は人間をカルマから完全に救ってくれる。だから常に神を思い起こし、自分の内なる神性を発揮する機会を大切にして生きるのですよ」

こうした師の教えは、シャバリーの心に変容をもたらしました。シャバリーは、帰依者やこの庵を訪れる人々に気持ちよく過ごしてもらえるよう、真心をこめて奉仕し、その一人ひとりの中に主ラーマを見て丁寧に応対しました。シャバリーのこうした努力と功徳によって、思考と衝動の束であるマインド(頭)が閉じてハート(神意識)の扉が開き、シャバリーはハート(良心)によって活動できるようになっていったのです。人々はシャバリーの無私無欲の愛と奉仕を見て、献身的な生き方が可能であること、人類への愛と奉仕に奮い立つ生き方が可能なのだということを知るのでした。シャバリーの純粋な姿勢が、その場に美しい波動を生み出していました。シャバリーは帰依者や来訪者のすべての内に主ラーマを見て、無私無欲の奉仕を続けるうちにしだいにマインドが浄められ、グナの支配から解放されてエゴが取り除かれ、いつも平安に満たされるようになっていきました。平安の心こそ、何より尊い宝なのです。聖者マタンガはこの世を去るとき、「神の化身ラーマの来訪を待って丁重にもてなし、祝福をうけなさい」とシャバリーに言い残して、肉体を去りました。シャバリーは師マタンガの教えを守り、いつもラーマを想いながら、ラーマに座っていただく石を磨き、ラーマのために庵の手入れをし、ラーマをもてなすために食べ物を吟味し、行為のすべてを主ラーマに捧げていました。他の人々に奉仕するときも、その人の内面にいつも主ラーマを見ていました。こうしたシャバリーの心からの捧げものを受け取ったラーマは、シャバリーの人生を聖化しました。シャバリーは涙を浮かべてラーマを迎え入れ、ラーマの御足に額づきました。そして御足を洗い、食事の用意をして丁重にもてなしました。

ラーマは大変年老いたシャバリーを祝福し、こう言いました。「おおシャバリー、聖なる婦人よ、あなたが神への深い愛をもっていつも神の御名を唱え、すべての人の中に神を見て、無私無欲の奉仕を続けてきたことを、わたしのハートはしっかりと受けとめていた!」シャバリーの目からは涙があふれました。神の祝福をうけ、自分の人生が報われた幸せをかみしめました。そしてシャバリーは敬意をもってラーマに言いました。「主ラーマ、私はようやく奉仕と禁欲生活の成果を与えられました。私は主ラーマを瞑想し、ラーマの御名を唱えながら長い間あなた様を待ち続けてきました。もう思い残すことは何もありません。どうか年老いた私に、この世を去る許しをお与えください」主ラーマを憶念しラーマの御名を唱えているシャバリーの肉体から霊魂が脱け出て、まばゆい光りを放ちながら天上界へと昇り、万物の親である神の元へと帰っていきました。シャバリーのひたむきな神への信愛は、こうして報われたのでした。

ラーマとラクシュマナは弔いの儀式を執り行ってシャバリーを見送り、庵をあとにしました。そして猿王スグリーヴァに会うため、リシャムーカ山を目指してさらに森深く、険しい道を力強く進んで行きました。

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