8.ダシャラタ王の嘆き

ある夜のこと、心身ともに弱くなり自らの衰えを感じたタシャラタ王は、もうこれ以上国を治めていく力は自分に残っていないとさとり、しかるべき後継ぎに王国を譲り渡すことにしました。翌朝、ダシャラタ王は大臣スマントラを呼び、王国の後継者にふさわしい者を審議するため大臣たちを招集するよう指示しました。集会では、長男のラーマがアヨーディヤーの王位を継ぐのがふさわしいとして、全員一致でラーマを後継者とすることが決議されました。ラーマは有能であり、模範的な人物であり、王国の王になるにふさわしいあらゆる資質をそなえていたからです。報告を受けて、ダシャラタ王は王国の後継者としてラーマを王位に即位させる決心をしました。バラタとシャトルグナの二人の息子はケーカヤ国に行っていて留守でしたが、自分が死ぬ前にラーマが王位に就くのを見定めたいと思いました。王は戴冠式までに入念な準備をする時間はない、一刻を争うと感じ、聖賢ヴァシシュタに許可を得てから、翌日ラーマを呼んでそのことを告げました。ラーマは沈黙し、一言も言いませんでした。ラーマは全知であり、何が起きるかを知っていました。しかし、従順な息子であるラーマは父の願いに反対したくはありませんでした。

夕方近くになって、カイケーイー妃の侍女マンタラーは、ラーマ王子の母カウサリヤーに仕えている召使いが絹の美しい衣装を着ているのを見つけました。マンタラーがうやうやしく挨拶をすると、歓びで有頂天になっていたカウサリヤー妃の召使いは嬉しさのあまり、うかつにも自分からマンタラーに、ダシャラタ王のお世継ぎとしてラーマ王子様が王位に即位することが決まったと告げました。マンタラーは怒りと嫉妬に狂い、急いで第三王妃カイケーイーのところに駆けつけ、横になっておられたカイケーイー妃をたたき起こしました。「王妃様、寝ている場合ではございません。大変なご不幸が起ころうとしております。王様が明日ラーマ王子様を王位に即位させると発表なさいました。まるで火にあぶられるような心地です」カイケーイー妃は驚いて召使いのマンタラーを見上げ、こう言いました。「何が不幸なのですか。ラーマ王子が後を継ぐと聞いて、わたくしはとても嬉しいですよ。ラーマはダルマ(正義)に通じ、感謝の心厚く、高潔で国民の信頼を得ておられます。ラーマ王子こそダシャラタ王の後を継ぐべきお方です。おまえはどうしてラーマ王子のことを妬んだりするのですか。ラーマはいつも弟たちのことを自分のことのように大切にし、守ってやっています。わたくしはいつだってラーマ王子をバラタ同様とても愛してきました。ラーマがお世継ぎになることは大変喜ばしいことではないですか」それを聞いてマンタラーは、「喜んでいる場合ではありません」と憎しみの心をあらわに叫びました。マンタラーはカイケーイー妃の穏やかな言葉をきいて、内心腹の煮えくり返るような思いでしたが、ことば巧みにこう言いました。「バラタ王子様は、ラーマ王子様に劣らず王位におつきになる権利をお持ちなのですよ。ラーマ王子様が王様になられたら第一王妃カウサリヤー様に奴隷のように使われるでしょう。あなた様の没落は目に見えております。あなた様は生まれつき正直な方ですから、このようにだまされるのです。あの意地悪いお方は、あなた様の実の息子バラタ様を祖国におやりになり、邪魔を遠ざけたところで明日にでもラーマ王子を即位させようとなさっておられるのです」マンタラーの腹黒い言葉は、毒蛇が寝室にスルスルと這いこんでいくように、カイケーイー妃の心へ入り込んでいきました。

マンタラーはカイケーイー妃がダシャラタ王のもとへ嫁ぐとき、実家から一緒に連れてきた召使いでした。それゆえ霊性についてまったく関心がなく、熱心ではありませんでした。マンタラーは、カイケーイー妃がまだ幼かった頃からずっと仕えてきた召使いです。腹黒いところがありましたが、女主人であるカイケーイー妃にとっては、この上なく忠実な召使いでした。マンタラーはさらにこう言いました。「以前王様が、命が危ぶまれるほどのひどい傷を負われたとき、あなた様はそばにいて王様のお命をお救いになられました。あなた様が自分の危険を顧みず、倒れている王様を安全な場所までお連れし、一心に手当てされたおかげで王様のいのちをお助けすることができたのです。そのとき私もお供をしておりましたので、王様が感謝のしるしとしてあなた様に二つの願いを聞き届けようとおっしゃったのを聞いております。あなた様はいまは何も願いはないけれど、いつかお願いするときがまいりましたら、そのときお聞き届けくださいとおっしゃいました。王妃様、今こそ二つのお願いをなさるときです。第一のお願いとして、バラタ王子様に王位を譲ることを、そして第二のお願いとして、ラーマ王子を十四年間森へ追放していただきたい、とおっしゃるのです。その間に人々はラーマ王子のことなんか忘れてしまうでしょう。ですから、いますぐ手をお打ちになるべきです」そしてマンタラーは、さらにカイケーイー妃にこう指示しました。「あなた様の美しい髪をバラバラに振り乱し、お付けになっている宝石類を床に投げつけ、一番ひどい身なりをして泣きながらそこに横たわっていらっしゃいませ。王様は、あなた様に涙を流されるととても放っておけなくて、黄金の宝石だのをあげようとおっしゃるでしょう。でもそんなものはみんなお断りするのです。そして先ほど申し上げた二つのお願い以外は何も受けてはなりませぬ。王妃様、すべてはバラタ様のためでございます」カイケーイー妃は困惑しました。

実際には、カイケーイーはラーマに対して大きな愛情をもっていました。カイケーイーは実の息子であるバラタ以上に、ラーマを心の底から深く愛していたのです。しかし、カイケーイーはマンタラーの邪悪な忠告にそそのかされてしまいました。一見邪悪に見えるマンタラーの行動は運命に導かれたものでした。マンタラーはただ前世に起きた出来事の影響を受けて行動していたのです。心には数多くの過去世での体験や行為が刻印されています。前世において修復できなかった自分の思いや行為がそのまま受け継がれ、過去世から持ち越された潜在的性質が、現在の自分に反映、反響、反応となって影響を与えるのです。マンタラーは霊性についてまったく興味がなく、そうした教育も受けていませんでした。霊性について学んでこなかったマンタラーは、すべての人の内面に神性という宝が隠されていることなど知る由もありません。感覚を正しく抑制する術を知らないマンタラーは、グナのたまり場であるマインドの思いのままに、妬みの感情をつのらせていったのです。そしてカイケーイーは、人間を神性から引きずりおろそうとするマーヤーの網に捉えられてしまったのです。

ダシャラタ王はラーマの戴冠式を命じ、その準備を指示すると王宮に戻りました。そしてこの吉報を知らせるため、カイケーイー妃の部屋へ向かいました。カイケーイー妃はいつもと様子が違っていました。すさまじい怒りを抱き、髪を振り乱し、身に着けていた宝石類をちぎってバラバラにし、床に身を投げ捨てるように転がっていました。ダシャラタ王はカイケーイー妃が立腹状態にあるのを見て大変驚きました。「いったい何があったのだ。誰がこんな目にあわせたのか」王はそう言いながら王妃を抱き起し、優しくたずねました。すると、カイケーイー妃は王の腕を振りほどいて立ち上がり、こう言いました。「王様、わたくしが王様のお命をお救いした際、わたくしに二つの望みを叶えてあげると約束なさいました。いまあらためて、わたくしの二つの望みを申し上げましょう。第一のお願いは、わたくしの息子バラタを世継ぎとして王位に即位させると布告していただきたいのです。第二のお願いは、ラーマ王子を十四年間森へ追放することです」カイケーイー妃の言葉は鋭い矢のように王の心を突き刺しました。自分の聞いたことに耐えきれず、王は虎の前の鹿のようにうろたえ、おののきました。王は力ない怒りの声で言いました。「何があったというのか。ラーマがそなたに何をしたというのだ。ラーマはいつも生みの親のようにそなたを敬ってきたではないか。ラーマが自分の産みの母以上にそなたを愛していることを、よく知っているはずではないか。ラーマはいつでもそなたの言うことを聞き、そなたを敬い、そなたを大切にし、そなたに従順だった。ラーマは公平無私な心で一切の生類をあわれみ、人々を深く愛してきた。愛する王妃の願いとはいえ、そのような残酷なことをどうしてラーマに言えようか。どうか考え直してくだされ。頼むから別の願い事をしてくだされ」王は何度も何度も繰り返しカイケーイー妃に哀願しました。しかし、カイケーイー妃は頑として譲らず、ただちに約束を実行することが、ダルマを重んじる国王としての務めであると言い張りました。王は八方ふさがりの状態になり、悲しみのどん底へと突き落とされました。「ああ、わたしは運命の罠に捕えられてしまった」と王はつぶやきました。こうして心をかき乱され、嘆き悲しんでいるうちに夜が明けました。

祭司官を務めるヴァシシュタ仙が王宮に到着したので、大臣スマントラはダシャラタ王に知らせるため、王を探し回りました。カイケーイー妃の部屋で王を見つけたとき、王はうつろな表情で口もきけない状態でした。カイケーイー妃はスマントラに今すぐラーマを呼び寄せるよう命じました。彼は急いでラーマの元に駆けつけました。大臣スマントラが父王の様子を伝えるやいなや、ラーマは立ち上がり王宮の奥の間に向かいました。父王は青ざめ、カイケーイー妃の傍らに座っていました。ラーマがやって来たとき、ダシャラタ王は悲しみに声をつまらせ、「おおラーマ、ラーマよ」と言うばかりでした。のどの奥でむせび泣き、それ以上何も言えませんでした。父王の身の上に何が起きたのか、心配になったラーマはカイケーイー妃にたずねました。「母上、わたくしはこのような父上を見たことがありません。何があったのか本当のことを教えてください」カイケーイー妃は答えました。「王様はあなたに話すことを恐れているのです。以前、王はわたくしに二つの願い事を叶えようと約束されました。今、わたくしはその願い事を王様に頼みました」カイケーイー妃はラーマにその二つの願い事を伝えました。するとラーマは、「それだけですか、母上」と言って、にっこり笑いました。「何もかも仰せの通りにいたします。最愛の弟バラタを王位に就かせてください。バラタには安心して任せられます。母上の願い事が叶えられるようにしましょう。わたしは父上が交わした約束を果たすため、きょう森に出発します」とラーマは快く承諾したのです。継母カイケーイーによって、王国を追放され森の中で14年間暮らすことになりましたが、森へ出発する前、何の躊躇もなくカイケーイーの御足に額ずき手を触れて、祝福を求めました。ラーマは謙虚に愛情深く頭を下げ、そこには怒りや復讐の思いはひとかけらもありませんでした。

ラーマは、父ダシャラタがカイケーイー妃と交わした約束を破るという罪を犯さないで済むよう、アヨーディヤーの都を出て森で暮らす決心をしました。ラーマは森で十四年間過ごすことを、王位に就くことと同じ気持ちで受け入れることができたのです。カイケーイー妃に対して敵意を全く持ちませんでした。怒りの痕跡すらありませんでした。ラーマは微笑みながら、心からの尊敬と愛を込めて、カイケーイーの御足に触れ、父が交わした約束を守ることを誓ったのです。まさに神その人であるラーマは穏やかにすべてを受け入れ、弟のバラタを王位に就かせることと、自分がアヨーディヤの都を去って森に行くことを承諾したのです。ラーマはあらゆる執着を超えていて、これっぽっちの怒りも落胆も見せませんでした。いつものように変わらず穏やかに落ち着いていました。このようにラーマは心の偉大な征服者でした。

一方、弟のラクシュマナはラーマの不運を聞くと、怒りで体が震えました。カイケーイーが裏で操っていることを知ると、その怒りを爆発させ、ラーマにカイケーイーと父王を投獄する許しを求めました。ラクシュマナは烈火のごとく怒っていて、誰にもなだめることができないほどでした。ラーマは黙ったまま、ラクシュマナが怒りに燃えて怒鳴りちらして父王にくってかかり、やがて消耗しきってしまうまで、じっと見守っていました。やがてラクシュマナが疲れきると、それまで無言のままだったラーマは弟ラクシュマナに近づき、優しく手をかけ、そして言いました。「神の子、ラクシュマナよ」この単純な一言と一触れがただちにラクシュマナを落ち着かせたのです。それが覚りをひらいているラーマの威力というものです。ラクシュマナはラーマの前で、幼子のように安らかで無心になっていました。それからラーマはラクシュマナを諭し、深く心にしみいるような精神の導きを与えました。ラクシュマナが苦痛と怒りの中をすべて通過していくのを忍耐強く待ったうえで、教えをあたえる絶好の機会をラーマはつくりだしたのです。弟ラクシュマナは状況にすぐに反応して、怒りをぶちまけましたが、ラーマはただ応答し、ありのままを受け入れたのです。誰に対しても憎しみを抱かないラーマの落ち着いた対応をみて、実際ラクシュマナも冷静になることができたのでした。それはひとえにラーマの言葉と一触れにしのばせた神の恩寵がラクシュマナを癒し、彼をラーマの教えを受けるにふさわしい器へと変えたのです。ラーマは敵意を抱かず、父王とカイケーイーに対して親切で賢明な言葉が言えました。これが応答なのです。怒りとか復讐とかの感情をまったく持たずに許すことが、応答することなのです。すなわち応答とは、ありのままを受け入れることなのです。

ラーマはラクシュマナに言いました。
「気に入らないことがあるたびに、ただ怒りを炸裂させるのは破壊的なことだ。直面したことにすぐに反応し、湧き上がった思いや感情に自分自身を同化させてはならない。外的なことの真っただ中にありながらも、自分に起こることに対して観照者の態度を保つならば、心を乱されることはないのだ。見ること聞くことすべてに踊らされて、そのつど心を反応させ、貪欲になったり怒ったり妬んだり憎んだりしていれば心は嵐のようになり、心の平安を失う。すると識別力がはたらかなくなるのだ。大切なことは、生じた怒りや否定的な思いに自分を同化させず、自分のなかに湧き上がった思いをただ観察することだ。観察により心は静まる。何事にもとらわれない平常心、この心のおだやかさを保つことができれば、人間の意識の最も奥にあるブッディ(識別する英知)を通して神がはたらき、善へと導かれる。だからすぐに反応せず、応答することを学びなさい。人に反応するように誘うのはグナのたまり場であるマインド、すなわちエゴなのだ。外側で何が起ころうと、ただ見つめ、マインドを不動にして内面の静寂を保つようにしなければ識別力を失うことになる。マンタラーは前世からの潜在的性向に動かされて行動してしまったのだ。そしてわが母カイケーイーはそのマンタラーによって心に毒を入れられてしまったのだ。バラタの母であり、われわれの母であるカイケーイーを決して責めてはならない。これは運命のなせる業だ。人は運命に動かされているとき、自分が何をしているのか見えなくなるのだ。敵対する思いを捨て、この者たちのために祈ろうではないか。彼らのために祈り、自分を悩ます人に対してさえも思いやり深くあるならば、波打つ心を鎮める助けになる。人に理解できないことは、神々のお考えによることにちがいない。悲しみや困難、損失、病気、これらすべてを神の意志と見なすのだ。そうすればすべては自分にとって良いものに変わっていくであろう」
すべてをありのままに受け入れて落ち着いておられるラーマを見て、ラクシュマナ自身もようやく平常心を取り戻すことができたのでした。

人は、利己的なマインドに動かされているあいだは、内なる神性に基づいて行動することを忘れてしまうのです。人は、無意識のうちにマインドの言いなりになっています。マインドに操られ、無意識のままに行動しているのです。いろんなことをしていても、無意識にしているのです。すべてが知らないうちに起こっていて、怒りなどの否定的な感情も無意識に湧き上がり、マインドに無意識のうちにあやつられるままになって、ただ押し流されているのです。たいていの人は意識が曇ってしまっていて、無意識の世界に生きています。マインドを意識的に神の方へと向け、内なる神に問いかけなければなりません。「私がしたがっているこの行為は、内在の神の御心にかなうことだろうか?」この問いかけにより、人は低劣にならずにすみます。このように問いかけて意識的に神を思い起こすことは、内なる神性を開花させることに結びついていきます。感官の方を向いているマインドを抑制せず、感覚を野放しにしていると、五感をとおして見ること聞くことすべてに踊らされて、さまざまな欲望や感情が無意識に湧き上がります。外部から感覚を通して侵入してきた刺激や誘惑に反応するよう誘うのが、グナのたまり場になっているマインドです。人は、直面したことにすぐに反応して、湧き上がった怒りや感情に自分自身を同化させてしまいます。すると苦しみが生じます。すべての苦しみの原因はマインドなのです。人間の五感をとおして外界と接触しているマインドが、五感を制御して外界との接触から身を引くと、マインドは静まり、心の平安が訪れます。しかしそれは簡単なことではないので、神の力を借りなければなりません。マインドの束縛から解放されるためには、自分の意識のボタンを押して、感官の方を向いているマインドのはたらきを見つめ調べて、マインドで生じた否定的な思いと自分を同化させないよう注意しなければなりません。マインドが感官ではなく、内なる神アートマの方を向けば、マインドの揺れは静まります。意識のボタンを押して、外界の対象物に執着しているマインドを内なる神の方へと向かせれば、ハートの扉が開いて、ハートのなかの神意識(良心)の明かりが灯るのです。すると内なる神が人間の理智鞘にあるブッディ(識別する英知)を通してはたらき、識別して行動する力(ブッディ)が活動を始めるようになるのです。このようにして神の救いの手が差しのべられます。人が自ら意志し、意識をもって、この内なる神アートマに心を向ければ、このアートマが最高のガイドとなって、人間を守り導くのです。このアートマ(内在の神)への信頼が、人間の自信になります。どんな仕事をするときも、内なる神アートマへの揺るぎない信頼をもって行うことです。

ラーマはラクシュマナと別れるとすぐに自分の住まいに戻り、森で暮らすための身支度を整えました。シーターもまた、自分の夫ラーマに従うため身支度をはじめました。それを見たラーマは、シーターにここに留まり、お義父様とお義母様の面倒をみるよう説得しました。しかしシーターは夫に仕えることが妻にとっての第一の義務だと言って、ラーマと同じように木の皮でできた服に着替えたのです。ラーマは行者の身なりをして、母カウサリヤーの許しを得るために王宮へと赴きました。ラーマの戴冠式が行われるはずであったその日、母カウサリヤーはラーマが王国の正装をまとって自分の部屋にやってくるのを心待ちにしていました。ところが、ラーマとシーターが木の皮でできた服をまとっているのを見て当惑し、意気消沈しました。「ラーマよ、そのような衣服があなたの戴冠式の日にふさわしいでしょうか」と母カウサリヤーは尋ねました。ラーマは微笑みながら答えました。「母上、私は父上によって森の王国の王に即位したのです。私は悪魔に苦しめられている聖者や修行者たちを守るために森へと参ります。ですからどうか私の神聖なる使命に反対なさらないでください。私は父上の命令に従わねばならないのです」そう言ってラーマは母の前にひれ伏し、森に行くことの許しを請いました。ラーマの言葉を聞いて母カウサリヤーは悲しみに沈みました。「息子よ、あなたは父上の命令に従うことだけを話しています。ではあなたの母の命令はどうなのでしょう。私はあなたの父上の半身なのですよ。ですから私の命令に従うこともあなたが果たさねばならない義務なのです。私はあなたが森に赴くことを邪魔したりはしませんから、この母にもあなたのお供をさせてください。私はあなたを産むために何年にもわたって幾多の供犠と厳しい苦行をしました。私は一日たりともあなたなしで生きることはできません」このようにカウサリヤーは説得を試みましたが、ラーマはこう言って母をなだめました。「母上、年老いた夫のもとを離れるのは正しいことではありません。父上は、私との別離の炎の中で焼けるような苦しみを味わっています。この重大事に当たっては、母上は温かい言葉で父上を慰め、元気づけてさしあげるべきです。それが母上の一番の務めです。妻にとって夫は神です。夫は妻にとって唯一のより所です。私の願いは、ただただ父上が自分の交わした約束を果たし、ダルマを守ってくれることだけです。私は富みも王国も世俗の楽しみも一切求めません。森で幸せに暮らします。十四年たったら、行者の誓願を全うしてもどって参ります」母カウサリヤーはどんなに手を尽くしても、ラーマの決意を変えられないことをさとりました。そばで二人の会話を聞いていたシーターは、ラーマに“スワミ(先生)”と呼びかけこう尋ねました。「スワミ、ダルマはすべての女性にとって同じではないでしょうか。あなたは私にここに留まり、お義父様やお義母様の面倒をみるようにおっしゃいました。ところが今あなたは夫に仕えることが妻にとっての第一の義務である、とお母様にお話しなさいました。それは私の場合にも当てはまるのではないでしょうか」このシーターの言葉に心を動かされた母カウサリヤーは、ラーマに言いました。「息子よ、どの女性の場合にも同じダルマが有効です。私がこのように苦しまねばならないのは運命です。シーターはすべてを捨ててあなたと共に森へ行こうと決意しているのですよ。彼女を失望させてはなりません。一緒に連れていっておあげなさい。シーターの面倒をみるのはあなたの義務です」

シーターには王室のあらゆる快適さを捨て、高級な衣服を脱ぎ捨て、代わりに木の皮の服をまとってラーマについて行く覚悟がありました。ラーマのことをいつもスワミ(霊性の師に対する尊称)と呼んでいたシーターは、ラーマに向かってこう言いました。「スワミ、あなたは人類を救うためにやって来られました。わたしにもその中で務める役目があるのです。あなたがすべてを放棄して森に入るというのに、どうしてわたしがここに留まることができましょうか」それを聞いて、ラーマはうなずきました。

一方、ラクシュマナも祝福を求めて母スミトラーのもとに行きました。“スミトラー”とは“良き友”という意味であり、彼女の人格はその名にふさわしいものでした。ラクシュマナが、ラーマとシーターのお供をして森に行く決意をしたことを話すと、スミトラーはラクシュマナが森でラーマとシーターに仕える機会を得たことを大変喜びました。彼女は自分の双子の息子ラクシュマナとシャトルグナのどちらも王国を統治することにならなかったことを一切気にやみませんでした。ラクシュマナがラーマに仕え、シャトルグナがバラタに仕えることをむしろ嬉しく感じたのです。ラーマとバラタに仕える息子をもった自分はなんと幸運なことかとスミトラーは思いました。彼女はそのような高潔な意識をもっていたのです。彼女は理想の母の美徳をすべて具えていました。スミトラーは「息子よ、神ラーマと共にいることは最もすばらしい富なのですよ。ラーマとシーターのいないアヨーディヤーはまさに森そのものです。ラーマとシーターのいる森こそアヨーディヤーです。ラーマとシーターを自分の聖なる両親と崇め、お二人にお仕えして喜びに満ちた時を過ごしなさい」とラクシュマナに言いました。このようにして、スミトラーは即座にラーマとシーターのお供をする許可をラクシュマナに与えました。

ラクシュマナは母スミトラーの許可を得た後、妻ウールミラーのもとへ行きました。ラクシュマナの妻ウールミラーは大変すばらしい画家でした。彼女はこの一大事を知らずに、ラーマの戴冠式の絵を描いていました。ウールミラーが一心にその作業に没頭していると、突然ラクシュマナが部屋に入ってきて、大声でウールミラーの名を呼びました。そのときあわてて立ち上がったウールミラーは、誤って絵の上に絵の具をこぼしてしまいました。するとラクシュマナは言いました。「人類に平和と繁栄をもたらすことになるラーマの戴冠式は先延ばしにされてしまったのだ。君が描いた戴冠式の絵は私のせいで台無しになってしまったが、それはもう必要ではなくなったのだ」そう言いながらラクシュマナはウールミラーに、ラーマとシーターに仕えるために一緒に森に行くことを告げ、十四年たたないと戻って来ないことを伝えました。ウールミラーはラクシュマナの決意に少しもうろたえませんでした。ウールミラーは「私は都に留まりましょう。もし私があなたに付いて行ったならば、あなたは主ラーマへの奉仕に集中できなくなってしまうでしょう。どうか最大限の帰依心でラーマとシーターに献身的に奉仕してください」とラクシュマナに言いました。ウールミラーもまた母スミトラーと同様に、ラクシュマナが神そのものであられるラーマとシーターを聖なる両親と崇め、心から仕えるであろうことを思うと、むしろ幸せに思いました。喜びと悲しみ、幸福と不幸は交互にやって来るものです。そして、喜びは困難が実を結んだときに生じます。スミトラーもウールミラーも、一大事に思えることを平静な心で受け止めることができました。それができたのは、主ラーマは自分たちの内にアートマラーマとして内在していることを固く信じ、日頃から主ラーマを憶念し、ラーマの御名を唱え、自分の行いのすべてを神に捧げるという教えを実践してきたからでした。そのことによって内なる神性が発揮され霊的力を得て、自分に直面する出来事は神のお考えによるものであろうと達観し、落ち着いてることができたのです。バラタとシャトルグナの妻たちも、聖賢ヴァシシュタの教えを実践し、神の御名を唱えることの効能を実感していました。神の御名のバイブレーションは自分の心を落ち着かせ、内なる神性に光を灯してくれるのです。それは、自分のマインドを統御し、自分の思いと言葉と行いを浄めることに役立ちます。主ラーマが森へ追放されている間も、彼女らは主ラーマを絶え間なく憶念し、主ラーマの栄光を祈り続けました。彼女らにとって主ラーマは唯一の支えであり、彼女らの主ラーマへの愛は揺るぎないものでした。このように神への愛が深まると、隣人への気づかいも自然に育まれ、隣人を愛せずにはいられなくなるのです。彼女らは完全に恨みを捨てていました。そして、たとえ欠点があったとしても無条件に人を愛することの尊さを知りました。すべての人にまったく同じ神が内在しているからです。彼女らは愛をもって、カイケーイーとマンタラーに神の導きがあることを共に祈ったのでした。

第一王妃カウサリヤーのことが心配になったスミトラーは、カウサリヤーの部屋を訪れてこう元気づけました。「姉上、どうか悲しまないでください。人類を解脱させるために降臨したラーマは、決して危害にあうようなことはありません。わが息子ラクシュマナは献身と帰依の心でラーマにお仕えします。恐怖も不安も抱いてはなりません。ラーマの行いは、すべて世界の安寧とダルマの樹立のためなのです。それゆえ姉上、涙を流さないでください。ラーマを祝福して元気に送り出しましょう」このようにしてスミトラーはカウサリヤーを励まし、大きな勇気を与えました。

国民の誰もが王国を治めるのはラーマが最も相応しいと考えていたので、ラーマの戴冠式の知らせを聞いた人々は大変喜びました。王宮で繰り広げられていた惨事を知る由もありません。人々は、大通りのあちらこちらにせっせとアーチを作り、女たちはそのアーチを飾る花輪を作っていました。都中が喜びと興奮で沸き返っていたのです。しかし間もなくして、ラーマが森へ出て行くという知らせは火のように広まりました。アヨーディヤーの都は重苦しい空気に包まれました。都中の人々は、ラーマと別れ別れになることを思って泣きました。周囲の人々の嘆き悲しむ中、ラーマは自分の運命を呪うわけでもなく、カイケーイー妃をののしるわけでもなく、ただ父をうそつきにしないために平然と追放を受け入れたのです。

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